MINANOHA相原の鳴海です。

2月初旬。
朝の空気はまだ冷たく、
日陰には、薄く張った氷が残っている日もあります。
庭を通って玄関へ向かう途中、
ミナノハに来た子が、
バケツに張った氷に気づき、
ふと足を止めて、そっと手を伸ばしました。
触れた瞬間、
思ったより冷たくて、
思ったよりあっけなく割れてしまう。
そんなちいさな出来事が、
場の空気を少しずつ和らげていきます。
ミナノハの一日は、
こうした何気ない瞬間から、静かに始まっていきます。
—
玄関を入って、靴を脱いで、
いつもの場所に腰を下ろす。
しばらくすると、
『あぁ、ミナノハってこんなところだったな』
そんな感覚を、言葉ではなく肌で思い出しているような様子が見られます。
顔を合わせること。
同じ空気の中に身を置くこと。
一緒に、何かをしてみること。
ミナノハでは、
そうした特別ではない時間から、
一日が少しずつ立ち上がっていきます。
—
「今日は何を作る?」から始まる一日

最近は、その日に集まった子どもたちで
「今日は何を作る?」と話し合う時間がよくあります。
チーズフォンデュの日もあれば、
手作りパフェの日、
ホットドッグの日もある。
集まる顔ぶれが変わると、
自然と『やってみたいこと』も変わっていきます。
メニューが決まると、スタッフと一緒に買い出しへ。
「これも合いそう」
「この食材も使いたいけど、苦手な子はいるかな?」
「前回これが美味しかったから、今日は少し多めに買おうか?」
そんなやりとりを子ども達同士で重ねながら、
場の空気が、少しずつあたたまっていきます。
料理そのものが目的というより、
一緒に考えて、選んで、作って、食べる。
その過程そのものが、
子どもたちの距離を、自然につないでいるように感じます。
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笑いが先に生まれる、遊びの入口

外で体を動かす前や、
少し緊張が残っている時間帯に、
ふと始まるのが、ブタミントン。
ルールを細かく決めなくても、
勝ち負けを気にしなくてもいい。
ブタを力いっぱい握った瞬間、
思わず笑いがこぼれ、
場の空気がふっとやわらぎます。
「遊ぼう」と声をかけなくても、
気づけば一緒に笑っている。
ミナノハには、
そんな遊びの入口が、日常の中に点在しています。
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「なにこれ?」から手が伸びる

ふと目に入って、
思わず「なにこれ?」と言ってしまうもの。
前を見ているのに、足元が見える眼鏡。
「すごい!前を向いているのに、手元が見える」と言いながら、たこ焼きをパクリ。
『マジで草』『ガチで草』というカードゲームも最近人気♪
小松菜、ほうれん草、チンゲン菜、イタリアンパセリにモロヘイヤ。
似ているようで、どこか違う葉物野菜ばかりの神経衰弱。
説明をしなくても、
気づけば誰かの手が伸びている。
こうした小さな仕掛けが、
ミナノハの日常には、さりげなく溶け込んでいます。
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すぐに、やってみられる場所

「今日は、外でマシュマロ焼きたい気分」
そんな一言から、
すぐに火を囲む時間が始まります。
特別なイベントではなく、
日常の延長として。
やってみたい、と思った気持ちが、
そのまま行動につながっていく。
そんな経験が、
ここでは自然に積み重なっています。
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ひとりになれる時間も

誰かと一緒にいる時間もあれば、
ひとりで揺れる時間もある。
少し距離をとりたいとき、
何も話さず、風を感じていたいとき。
ミナノハには、
そうした時間の選択肢も、当たり前にあります。
—
大人もミナノハで遊ぶ時間


年に数回、
保護者の方を対象に『大人のミナノハ』という時間があります。
ミナノハにある素材を使って、
「今日は何をする?」から始まる、大人の時間。
今回のテーマは、
バレンタインつながりで『ハート』でした。
考えてから手を動かす人。
感覚のまま、素材を重ねていく人。
手を動かしながら、
自分のこと、我が子のこと、
そのとき浮かんだことを話し、笑い合う。
最後にできあがったのは、
誰も予想していなかった、
あたたかくて、とてもチャーミングな、
ミナノハらしいハートでした。
—
おわりに
ミナノハでは、
『何をするか』よりも、
一人ひとりが、どんな空気の中で、
その時間を過ごしているかを大切にしています。
すぐに言葉にならなくても、
すぐに気持ちを打ち明けられなくても。
一緒に食べて、
笑って、
手を動かして、
同じ時間を過ごす。
そうした『楽しい』が重なっていく中で、
気づけば、
「あのね」と声をかけられる関係が、
少しずつ育っていく。
ミナノハには、
そんな日常が、
今日も静かに流れています。
