MINANOHA相原の鳴海です。
ミナノハに小学生の頃から通い続け、今は高校生になった子と、最近こんな話をしました。
「どんな相手になら、相談したいと思う?」
私がそう聞くと、その子は少し考えてから、こう言いました。
「人間性じゃなくて、関係性だと思う」
「カウンセラーだから相談したいとか、担任だから相談したいとか、ではないなぁ」
「その人がどんな人間かというより、その人と自分がどんな関係性を築けているかで、その人に相談したいかどうかが決まる気がする」
私は、その言葉がとても心に残っています。

一緒に遊び、笑い合う何気ない時間が、少しずつ関係をつくっていきます。
〇相談は、肩書きだけでは生まれない
相談したいと思えるかどうかは、肩書きだけでは決まらないのかもしれません。
もちろん、専門性や役割が大切ではないという意味ではありません。
けれど、子どもが自分の言葉を出そうとする時、そこにはきっと、
「この人になら話してもいいかもしれない」
と思える関係性が必要なのだと思います。
だからミナノハでは、はじめから「相談しましょう」とはあまり言いません。
ボードゲームをしながら。
スライムをこねながら。
駄菓子をつまみながら。
一緒に動画を見ながら。
庭で焚火をしながら。
同じ空間でゆっくりと過ごしながら。
そんな何気ない時間を、一緒に重ねていきます。
〇雑談の中で、ぽつりと生まれる言葉

話すことを目的にしない時間だからこそ、ふと出てくる言葉があります。
「学校、行った方がいいよね?」
「友達、欲しいなぁ」
「勉強、ずっとしていないから心配だな」
それは、「相談しよう」と構えて始まるものというより、何気ない時間の中で、ふとこぼれるように出てくる言葉に近いものです。
例えば、ある子が雑談の中で、
「今は好きなことをしていたいのが正直な気持ち。けど、それでもいいのかな」
とつぶやいたことがありました。
その言葉を聞くと、
「けど、勉強だけはした方がいいよ」
「学校もいつかは戻らないとね」
と、大人はつい、先のことを考えて急ぎたくなることがあります。
でも、まずは、
「そっか。今はそういう気持ちなんだね」
「最近、好きなことってなぁに?」
「それをしている時間って、どんな感じ?」
と、その子の今の気持ちを、少しずつ一緒に見ていきます。
好きなことをしている時間が、その子にとってどんな意味を持っているのか。
それは、外側からすぐに決められるものではありません。
そういう会話の中で、子ども達は少しずつ、
「自分は今、何を大切にしたいのか」
「どんな時間があると少し安心できるのか」
「これからどうしていきたいのか」
を、自分の言葉で探していきます。
〇ミナノハのリビングトーク
ミナノハの相談は、かしこまった相談というより、日常の中の雑談から自然に生まれていきます。
私はそれを『リビングトーク』のようなものだと感じています。
リビングで何かをしながら過ごしている時に、話すつもりではなかったことが、ふと話せることがあります。
ミナノハで生まれる会話も、それに少し似ています。

ひとつの場を囲みながら、それぞれの距離感で過ごしています。
「相談していいよ」と言われたから話すのではなく、
「この人となら、少し話してみてもいいかもしれない」
と思えた時に、言葉が出てくる。
一緒に遊んだ時間。
笑った時間。
何も話さずに過ごした時間。
今、ハマっていることや好きなことを共有した時間。
失敗しても、気まずくならなかった時間。
休んでも、また会えた時間。
そうした日々の積み重ねの中で、子ども達の中に少しずつ安心がたまっていきます。
そして、その積み重ねの中で、
「あのさ、ちょっと聞いてほしいな」
「これって、どう思う?」
「私、こんな風に思うんだ」
という言葉が、自然に生まれてくるのだと感じます。
〇言葉を受け取れる関係性でありたい
ミナノハは、子ども達に何かを無理に話させる場所ではありません。
けれど、いつかその子が自分の言葉を出したくなった時に、その言葉を受け取れる関係性でありたいと思っています。
相談は、特別な時間だけで生まれるものではありません。
何気ない日常の中で。
一緒に過ごす時間の中で。
少しずつ育っていくものなのだと思います。
